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KEIO GIRLS VOLLEBALL CLUB DIARY

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波のない選手

 written by 井辺 朝子 投稿日時:2022/03/27(日) 20:36

やわらかな春風に心華やぐ季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。



 



商学部2年の井辺朝子です。



 



連日ニュース番組などで日常の安全が保証されず不安な生活を送っている人々を目にし、改めてバレーボールが出来る幸せを噛みしめています。一日も早い事態の収束を願うばかりです。



 



 



さて2年生から3年生に進級する節目の時期である今、ここで今年度の抱負を述べさせていただきたいと思います。



 



私は今年度、波のない選手になりたいと思います。私の考える波のない選手とは、調子のムラなく一定の力を出し続けられる人のことです。もちろん人間誰しも、調子の良し悪しはあると思います。いつ何時も120%の状態でいるということは極めて困難なことのように思えますが、その振れ幅を小さくするというのは、努力次第で出来ることではないでしょうか。



 



今までの自分を振り返ってみると、プレーの出来を調子の良し悪しで片付け、その原因を追求することを怠っていたように思います。上手くいかないときに改善点を模索することはもちろんのこと、逆に思い通りに体を動かせるときも、どうして良い状態なのかを把握することがそれを維持することに繋がると感じています。



ここで大切なのが、"自分と向き合う"ということです。自分と向き合うとは、自分の強いところも弱いところも全てひっくるめて自分を受け入れるということです。何もかも思い通りにいけばそれに越したことはないのですが、不甲斐ない自分に出会うことも少なくありません。こういうときにこそ根気強く自分と向き合い、何度も何度も試行錯誤を繰り返すことが出来る者のみ、安定した実力を得られるのだと思います。



 



また、自分のことは自分が一番良く分かっているように思えますが、ときに自分のことを客観視するということも必要になってきます。自分一人で限界を感じるようであれば、迷わず周りの人々に頼りたいです。幸い私は、自分の悩みに真摯に向き合ってくれる先輩や同期に恵まれています。散々"自分と向き合う"と綴ってきましたが、自分の考えに固執し過ぎず、周囲の声に耳を傾ける柔軟さも忘れないということを心に留めておきたいと思います。



 



波のない選手になるという目標を達成するために、まずは何をする際にも常に考える癖をつけたいです。自分の行動一つ一つを目的を持って行い、さらに行動の結果に対して原因や改善点を考える。そうすることで、自分自身の思考と行動のパターンを見つけやすくなります。これが自分の状態を把握するということであり、それを上手くコントロールすることが出来れば、自ずと安定した力を出し続けられるのではないでしょうか。



 



リーグ戦まで残りわずかとなって参りました。一日一日を大切に部員一同精進いたしますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。



 



 



新入生の皆様



私たちバレーボール部女子はいつでも体験、見学を受付けております。



少しでも興味のある方はお気軽にご連絡ください。皆様にお会い出来ることを部員一同心待ちにしております!



 



 



 



長文、乱文失礼いたしました。

頼ることの大切さ

 written by 泉川 茉莉 投稿日時:2022/03/20(日) 17:16

春の兆しが感じられるようになりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

総合政策学部2年の泉川茉莉です。


前回ブログを書かせていただいた時からはや半年が経ちました。この6ヶ月を振り返るとチームにも自分にも様々な変化や成長が感じられます。今回はその中でも特に大きな学びだった「頼ることの大切さ」についてお話しさせていただきます。


このブログを読んでくださっている方の中に人に頼るのが苦手と感じている方はいるでしょうか。私も人に頼るのが比較的苦手な一人で、自然と「困ったことがあっても自分でできるだけ考えるべき」「自分で解決するのがベスト」という考えが働く傾向にありました。しかし、今は人に頼ることで得られることが多くあると感じています。


少し前までの私は、自分のプレーや部内での役回りについて同期や先輩方に質問することはあっても、相談することがなかなかできませんでした。私は大学からバレーを始めたため、バレーの技術面やバレーを見る視点に関して知識が及ばない点が多くあり、質問することでその溝を補おうとしてきました。ただ、質問することと相談することは少し違います。質問は自分が明確に「何を解決すれば問題が解消するか」という方向性が分かっている状態で人に聞くことだと思います。一方で相談は「今自分はこんなことについてモヤモヤしているけれどうまくいかなくて…」というように問題の突破口が見つからない状態で自分の心を曝け出すことだと思います。私はその相談、つまり自分の気持ちを他の人に知ってもらうのが大の苦手でした。


ありがたいことにこれまで、必ずと言っていいほど「何かあったら気軽に話してね。」「いつでも相談してね。」と言ってくれる同期や気にかけてくださる先輩方がいらっしゃいました。それでも相談することに苦手意識があった理由は「自分の曖昧でネガティブな気持ちを共有しても非建設的」と思っていたからのように感じます。多くの場合、悩みというのは「何をどうしたら良いのか分からない」とてもぼんやりしているものだからです。そして、悩みは出口が見えない霧のようなもので、解決策がすぐには出てきません。だからこそ少し前までの私は「問題が分かっている『質問』の方が問題が何かさえ分からない『相談』の方が大事」と思っていたのかもしれません。


そんな中、「技術に関する質問をして分からないことが分かっても、最近自分はバレーが全然上手くなっていないような気がするし、もう上級生になるのにどうすれば良いのか、ずっとモヤモヤする」という状況が続いた期間がありました。「モヤモヤなんて自分の切り替えの問題」と思い割り切っていましたが、なかなかさっぱりとした気持ちに戻れない日が続きました。それまでは寝たり、美味しいものを食べたり、走ったり、とにかく自分の気持ちに蓋をするか気持ちを麻痺させることでモヤモヤを消してきましたが、この時期に、「相談しなければ限界があるのかも」と気づいたのでした。そのような経緯から、ようやく思い切って自分の悩みを相談してみて思ったことは、「出口が分からないものこそ相談することに価値がある」ということです。「モヤモヤするけれど、どうすれば良いのかさっぱり分からない」というようなことこそ、他の人と共有して、違う視点や意見をもらうことで前進することができます。なぜなら、自分以外の人の方が状況を冷静に見られるからです。そして、たとえ前進できなかったとしても自分がどのようなことを感じていているか共有することで相手と前よりも深く繋がることもできるように感じます。質問することももちろん大事だと思いますが、何を聞いたら解決するのかわからないときこそ少しだけ勇気を出して(プライドを捨てて)自分の心の内を曝け出してみることはもっと大事だなと感じたのでした。


思いのまま綴っている間にまとまりのない文になってしまったかもしれません。最後まで読んでいただきありがとうございます。


あと2週間ほどで新学期も始まります。多くの新入生の方々が本部に入部してくださることを願っております。見学や体験のご希望を本部のインスタグラムやメールにてお待ち申し上げております。

あるべき自分

 written by 宮里 夏輝 投稿日時:2022/03/13(日) 17:43

昼間の暖かさを感じられるようになってきた今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

法学部1年の宮里夏輝です。

3月に入り、様々なところで卒業式が行われています。私の母校でも、先日後輩たちの卒業式が行われ、少しの時間ですが1年前の自分を思い返す機会になりました。
そしてその中で、私は「1年前の自分より成長できているか」という疑問がふと頭に浮かびました。私にとってこの疑問は特別珍しいことではなく、高校の時は中学より、中学の時は小学校よりと、時折々で自分に問いかけている疑問です。
私はこの問に対して、成長できた!!と自信を持って返せたことがありません。成長を実感できていないのです。このことは、ただ成長できてないと捉えればこれほど無意味なことは無いですし、毎日無駄な時間を送っていることになります。
しかし、私は成長できていないからこそもっと頑張りたい、もっと頑張れると捉えています。昨日の自分より上手くなりたい、今日何か一つでもできるようにしたいという気持ちが、長い目で見た時にどれほど大きなものになっているか、どれほど実感できているか、私は常日頃からこのことを自分の一番のモチベーションにしています。

ところで、「弱い我に打ち克て」という言葉を、似た意味の言葉を含めて、どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。バレーに限らず色々な場面で励みになる言葉だと思います。
しかし、私はある時「自分と戦っているうちは相手には勝てない」と、胸に刺さる言葉を言われたことがあります。私はこの時、ただ納得することしかできなかったことを忘れません。
この時から、私の気持ちには変化がありました。自分と戦うのは練習だけにしようと思うようになったのです。
「自分の成長をモチベーションにして練習で本気で向き合い、試合では今の自分を武器に相手と戦う」
一見当たり前のことですが、このことは、練習に全力で取り組む何よりの理由です。

成長が目に見えてわかる人とそうでない人、同じ人でもわかる時期とそうでない時期があるのは当たり前です。またモチベーションが、何かの目標によって保ちやすい時とそうでない時もあると思います。

立ち止まりそうになった時、自分の根本にある何かが自分を突き動かすことは間違いありません。私にとってはそれが成長であり、試合で相手と戦える自分を作り上げることです。
もちろん春リーグを目の前にした現在、私のモチベーションは目標によって常に右肩上がりです。もし何かの拍子に不安な気持ちが芽生えても、成長のため、昨日の自分より強くなるため精進していきます。

4日間のニ部練を終え、心もバレーも強くなった部員20人で、春リーグに向けて駆け上がっていきます!
今後とも、応援のほどよろしくお願いいたします。

長文乱文失礼いたしました。

学び

 written by 宮崎 由依 投稿日時:2022/03/06(日) 23:18

暖かな日差しに春の訪れを感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
文学部人文社会学科1年の宮﨑由依です。

3月になり、卒業を迎えた学生たちが慣れ親しんだ母校や友人に別れを告げ、新たな場所へ大きな一歩を踏み出す準備をしています。部内でも着々と新歓の活動が進んでおり、自分が先輩という立場になる日がもう目の前まで迫っていることを実感します。

思い返せば1年前、慣れない1人暮らしから始まり、中学、高校の部活とはまた違った「体育会」という世界に飛び込んだ4月。全てが新鮮で、不安と期待と喜びが混ざり合った、あの独特な緊張感を今でも鮮明に覚えています。

慶應女子バレーボール部員としての生活は想像以上に充実しており、この1年だけでも数多くのことを学ばせていただきました。そのうちのひとつとして、ここでは精神力について、私が気づいたことを書かせていただきます。

以前の私は自分のプレーばかりに気をとらわれていて、精神的な面においてのバレーとの向き合い方について十分に考えられていませんでした。しかし、数ヶ月前にあったある練習試合が精神力を意識するきっかけとなりました。その練習試合の動画を見返した際、技術面で差があるのは大前提として、私が最も自分と他のチームメイトで違いを感じたのが試合中の声と表情でした。ミスを重ねる度に小さくなり、次第に消えていく声と、どんどん暗くなっていく表情が自分の精神力の弱さを表していました。一方で、自分がどのような状況であっても声を出し続け、自らの手でミスから這い上がっていたり、コート外から客観的で的確な声かけをしてチームに貢献していたりする周りの人達の姿を見て、コートの中にいても、外にいても自分のプレーのことを引きずり、気持ちが大きく上下してしまう自分を変えなくてはいけないと思いました。そのためには理想の自分ではなく、等身大の自分を客観的に見つめること、自分より優れた他者と自分を比較して不足しているところを補う努力をすること、落ち込む場面と前を向く場面を正しく切り替えること、どんなに苦しくても自分が必要だと思うことは最後までやり抜くこと、他者と自分の考えを共有し合うことなど、様々な精神力が必要だと思います。これらのことは、技術面とは違って、意識次第でいつでも、誰でもできることです。しかしその一方で、気持ち次第で簡単にぶれてしまうため徹底することが困難であることも事実です。だからこそ普段からメンタルトレーニングが欠かせないということに気づきました。

また、今回、精神力の重要性、難しさを痛感したことによって、普段チームを精神的に支えている存在のありがたさを改めて感じました。誰もが簡単にできるようなことではないことを日々欠かさず行っているその姿は私の最高のお手本です。私も最高のお手本がいる、最高の環境で誰かを支えられる側の人間になれるように、努力を重ねて参ります。

季節の変わり目で体調を崩しやすい時期ですが、皆様お体ご自愛ください。

長文、乱文失礼いたしました。

有無相生

 written by 星 美知佳 投稿日時:2022/02/27(日) 21:28

2月もあと数日で終わり、寒さの中にも春の兆しが感じられるころとなりました。

商学部1年の星美知佳です。

2022年度の入試も終盤をむかえ、早くも大学生活の四分の一が終わろうとしています。

大学入学前は、完全中高一貫校に在籍しており6年間同じ仲間と苦楽を共にしたということもあり、高校では全ての同級生とは顔見知りである環境の中で過ごしてきました。しかし、大学生活が始まってからは、学生数が大規模になったことに加え、高校とは異なる授業形式であるため、授業がかわる度に新しい人と顔合わせをすることになります。そのため、今までの生活の中では出会ったことのないような、様々なバックグラウンドを持っている者や、個性豊かな者と出会い、それは自身の性格を客観的に見つめる機会となり、この1年間は、ひたすら自分と向き合う時間でした。

そして、今回のブログでは、そのような自分と向き合った時間の中での、私の2つの精神面での発見と成長を書かせていただきます。

1つ目は、私は幼いころから、周囲にいる優秀な人物と自身を、すぐに比較してしまう癖がありましたが、それは無意味であるということに気づけたということです。今までの人生では、周囲と比較し、その悔しさをバネに、努力を行えた時もありました。けれども、そのような時はたいてい、仮に私が設定した目標を達成したとしても、多少の喜ばしさはありながらも、何故彼らには及ばなかったのだろうと自問自答し、結果的には打ちひしがれることも多かったです。他人と比較し、自信を失くすことを繰り返してしまう長年の性格を悩み、その負のループにとても苦しみました。しかし、そのような時に高校の恩師の方からのある質問によって、私は自分のその性格の捉え方をポジティブに変えられるようになりました。その質問は、少しおこがましい話ではありますが、もし仮に、私が引け目を感じている方々に私がなれたとしたら、私はどのように感じるのか、という質問でした。その質問に対して、さらに自分よりも優秀な人に引け目を感じ、満足は出来ないだろうと即答しました。その時に、有無相生である分野で、他人と比較することは無意味であることを頭の中で理解するだけでなく、心にすっと受け入れることができるようになりました。その質問により、他人と比較してしまう性格をコンプレックスに感じていたものを、少し都合が良すぎるかもしれませんが、常に向上心を持ち続けることができると捉えられるようになりました。

そして、2つ目として、自身の価値観を他人に押し付けることの軽率さと、例え自身の価値観とは全く異なっているとしても、価値観を理解しあう努力をし、時には妥協しあうことの大切さです。このような考え方をできるようになったのは、ある同期が言っていた、「自分が実際にその経験をしてみないと、その人の気持ちに寄り添うことや、共感することは出来たとしても、その人の痛みや、気持ちを100%理解するのは難しい。」という言葉です。育った地域も、家庭環境も、両親から受けた教えも、人生での挫折経験も、全く異なる人たちが、価値観が違うのは当然であり、家族であったとしても自分以外の人間を完全に理解することはできません。考えてみると当然のことであるかもしれませんが、恥ずかしながら、私が実際に上記で述べたことを完璧に実行できていたかというと自信はありません。また、異なる価値観を持つ者同士が時間を共にし、共存するには、一方的な努力では達成できず、相手からの協力も必要になり、とても難しいことであります。上記で述べたことを実践するには、自分が価値観の多様性を認めることや異なる価値観を理解するだけでなく、相手に自分の価値観を理解してもらえるよう努力をし、お互いが納得する妥協点を見つける流れを作りだすことだと考えます。自分が異なる価値観を受け入れること以上に、相手に自分の価値観を理解してもらうというのは難しいことであると思います。これは、上記で述べたことを学べた際に見つけた私の今後の課題です。

今回は、長々と自身の精神面について書かせていただきました。これは、バレーボールに限らず、今後の人生で、とても大切なことであると思います。今後とも、ここで書かせていただいたことを忘れずに、後悔がないように、努力いたします。

春の兆しが感じられるとはいえ、まだまだ肌寒い日が続いております。お体に気を付けてお過ごしくださいませ。

今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
長文、乱文失礼いたしました。

 
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